関西の発展に貢献してきた阪神高速道路

阪神高速道路は、2014年に開通50年、阪神高速道路株式会社は、2015年に設立10年を迎えました。阪神高速道路は、高度経済成長のさなかの1964年、土佐堀~湊町間で初めての区間が開通して以降、交通渋滞の解消、物流の効率化といったさまざまな課題の解決を目指しながら整備が進められました。阪神高速グループは、この50年あまり、高速道路サービスを提供し続けることで皆さまのくらしと経済を支え、関西の成長と発展に貢献してきました。

阪神高速道路公団設立の経緯

1960年代の交通渋滞

1960年代、高度経済成長によって自動車が激増して道路事情が悪化し、関西都市圏の経済活動や市民生活に深刻な悪影響が及びました。このため、1962年、地方自治体や地元経済団体の要望を受けて阪神高速道路公団を設立し、有料道路方式で速やかに都市高速道路を整備することになりました。

  • 1 2011年12月までは、旧料金圏1回の利用を1台として集計。2012年1月より、対距離制移行(料金圏廃止)に伴い1回の利用につき1台として集計。
  • 2 「ミッシングリンク」とは、その区間が未整備となっているために道路のネットワークが有効に機能しない計画路線等をいう。

阪神高速道路50年の歩み

1960年代

建設中の1号環状線

1962(昭和37)年

阪神高速道路公団が設立

1964(昭和39)年

1号環状線土佐堀~湊町間2.3kmが開通〈阪神高速道路初の開通〉

1965(昭和40)年

梅田~道頓堀間4.2kmが開通

1966(昭和41)年

3号神戸線京橋~柳原間3.3kmが開通

1969(昭和44)年

交通管制システムを導入

1970年代

開通後の1号環状線

1970(昭和45)年

15号堺線湊町~堺間11.5kmが開通するなど、日本万国博覧会開催に向けて各路線が順次開通し、総延長74.1kmの高速道路網が完成

1980年代

中之島西~神戸方面

1980(昭和55)年

14号松原線山王~松原JCT間11.2kmが開通

1981(昭和56)年

3号神戸線西本町~西宮IC間14.3kmが開通し、大阪・神戸間を直結

1990年代

1992(平成4)年

立体道路制度を活用しビルを貫通する形で建設された梅田出口が開通

1994(平成6)年

関西国際空港と神戸を結ぶ湾岸線(2区間31.1km)が開通

1995(平成7)年

阪神・淡路大震災により3号神戸線などに甚大な被害が発生

1996(平成8)年

3号神戸線武庫川~深江間9.3kmの工事が完了し、全線が復旧開通

湾岸線の開通(りんくうJCT付近)
阪神・淡路大震災の被害

2000年代

2001(平成13)年

ETCサービスを開始

2003(平成15)年

31号神戸山手線神戸長田~白川JCT間7.3kmが開通し、7号北神戸線とあわせて神戸地区のネットワークが充実

2005(平成17)年

阪神高速道路株式会社が設立

2008(平成20)年

8号京都線上鳥羽~第二京阪道路接続部間5.5kmが開通

2010年代

大和川線三宝JCT

2012(平成24)年

距離料金を導入、新神戸トンネルを神戸市道路公社から移管

2013(平成25)年

2号淀川左岸線島屋~海老江JCT間4.3kmが開通

2017(平成29)年

6号大和川線三宝JCT~鉄砲間1.4kmが開通新たな料金制度を導入

(注)JCT : ジャンクション、IC : インターチェンジ