阪神高速の取り組み大規模更新 検討箇所一覧

【1】11号池田線 大豊橋付近  ~1967年(昭和42年)開通~

新たな交通需要への対応

画像:新たな交通需要への対応

[主な原因と損傷]
大阪万博開催に向け、既存橋梁を有効活用したコンクリートによるかさ上げや大型車交通量の増大が、床板や桁への大きな負担となりひび割れが生じています。

画像:新たな交通需要への対応

損傷原因と損傷状況

画像:コンクリートの損傷状況

この区間は、一般道路(大阪府道)として設計された既存の道路を利用して、阪神高速道路を建設しました。設計時に考慮されていないコンクリート重量や大型車交通量の増大が、橋桁の負担となりコンクリートにひびわれが発生し、そこからの浸水により内部の鉄筋が腐食しています。

画像:損傷原因と損傷状況

建設当時の状況

建設当時、1970年(昭和45年)の大阪万博開催に向けて、都市や道路の整備が急ピッチで進められており、高速道路の整備も同じく急務でした。そこで、当初一般道路(大阪府道)として整備されていた道路の一部を利用し、大阪府道として建設された橋桁を利用して、阪神高速道路を建設しました。しかし、阪神高速道路の建設には、高さ調整のために最大50cmのかさ上げを行う必要があり、結果的に設計時に考慮されていない後打ちしたコンクリートが負担となってしまいました。

画像:高さ調整のためにかさ上げしたコンクリート(最大50cm)

【2】13号東大阪線 法円坂付近  ~1978年(昭和53年)開通~

地下に眠る難波宮遺跡を後世に残すため

画像:地下に眠る難波宮遺跡を後世に残すため

[主な原因と損傷]
遺跡保存のため採用した特殊な構造が原因で、鋼桁に疲労き裂が発生。繰り返し補修を行っても損傷が進行し、路面に段差が生じたこともあります。

画像:地下に眠る難波宮遺跡を後世に残すため

損傷原因と損傷状況

画像:損傷原因と損傷状況

この区間の構造物は立地条件から杭を使わない基礎と、軽量な上部構造を採用しています。交通量も多く、軽量な構造物が大型車荷重を繰り返し受けることで、金属疲労によるき裂が鋼桁の随所に発生し、路面に段差が生じました。
補強による応急対応を行いましたが、今後も繰り返し損傷が発生すると考えられ、構造を根本的に改める必要があります。

画像:損傷原因と損傷状況

建設当時の状況

画像:建設当時の状況
埋められる前の遺構が見える当時の建設現場

長年その所在が明確にされていなかった難波宮について、大阪城の南西に広大な規模の遺跡が残されていることが1960年前後に行われた調査によって明らかになりました。
この遺跡の上部を横断する高速道路を建設するにあたり、遺跡の保護および、大阪城周辺の環境に配慮することを目的に、杭を使わない構造の高速道路を建設しました。

画像:難波宮を保護するための設計

【3】14号松原線 喜連瓜破付近  ~1980年(昭和55年)開通~

合理的な設計思想に潜む想定外の沈下

画像:合理的な設計思想に潜む想定外の沈下

[主な原因と損傷]
橋桁の中央付近にあるヒンジ形式の継ぎ目が、設計当時の想定を上回り大きく垂れ下がり、これに伴い路面が沈下しています。

画像:合理的な設計思想に潜む想定外の沈下

損傷原因と損傷状況

画像:損傷原因と損傷状況
橋桁の中央付近が設計時の想定よりも大きく沈下
画像:損傷原因と損傷状況
ケーブルで左右から引き上げて中央を持ち上げる対策を実施

この区間の立地条件に対して、当時合理的とされていた工法を採用しましたが、橋桁の中央付近にあるヒンジ部が徐々に垂れ下がり、これに伴い路面が大きく沈下しています。
応急対策として、垂れ下がった橋桁をケーブルで引き上げる対策を行いましたが、十分な回復が見られず再び沈下が進行する恐れがあります。

画像:損傷原因と損傷状況

建設当時の状況

画像:建設当時の状況
当時の建設現場

この区間の構造物は、主要な交差点をまたぐために、長い橋長とする必要がありました。
橋桁の中央付近にヒンジ形式の継ぎ目を使用する工法は、この区間のように橋長が長く、また低い橋脚の構造物に対して構造力学的に合理性が高い設計とされる、建設当時の一般的な技術でした。
しかし年月の経過に伴い、このヒンジ部で設計時に想定していた値を大きく上回る垂れ下がりが発生しており、抑制対策を講じると共に、大規模更新による構造物の抜本的な改善を必要としています。

【4】15号堺線 湊町付近  ~1972年(昭和47年)開通~

限られた都市空間で重なり合う複雑な構造物

画像:限られた都市空間で重なり合う複雑な構造物

[主な原因と損傷]
基礎直下に地下街や鉄道が重なり合う立地を考慮して、構造物を軽くするために採用した鋼製基礎が、地下水の上昇により腐食が進行しています。

画像:限られた都市空間で重なり合う複雑な構造物

損傷原因と損傷状況

画像:損傷原因と損傷状況
漏水の痕跡が残り腐食が進む鋼製の基礎内部

建設後の周辺環境の変化で、付近の地下水位が上昇。内部が空洞になっている鋼製の基礎内部に地下水が流れ込み、腐食が進行しています。内部の空間は、水位の増減を繰り返しながら常に高温で保たれ、今後もさらに腐食が進行しやすい環境にあります。

画像:損傷原因と損傷状況

建設当時の状況

画像:建設当時の状況
当時の建設現場

大阪の中心部であるミナミの繁華街を横断するこの区間は、当時から地下に複数の鉄道の駅や地下街が上下に重なり合うように張り巡らされていました。橋梁の建設において、杭を使用することができず、地下構造物への負担をできる限り軽減するように配慮する必要がありました。そこで、杭が不要で、軽量な鋼製の基礎が採用されました。

画像:建設当時の状況

【5】3号神戸線 京橋付近  ~1966年(昭和41年)開通~

建設当時の最新技術と想定を超える損傷の進行

画像:建設当時の最新技術と想定を超える損傷の進行

[主な原因と損傷]
橋桁の中央付近にあるヒンジ形式の継ぎ目が、設計当時の想定を上回り大きく垂れ下がり、これに伴い路面が沈下しています。

画像:建設当時の最新技術と想定を超える損傷の進行

損傷原因と損傷状況

画像:損傷原因と損傷状況
中央部の垂れ下がりが進行する橋桁
画像:損傷原因と損傷状況
橋桁の中央付近が設計時の想定よりも大きく沈下

この区間の立地条件に対し、当時合理的とされていた工法を採用しましたが、橋桁の中央付近にあるヒンジ形式の継ぎ目部が徐々に垂れ下がり、これに伴い路面が大きく沈下しています。
応急対策として、垂れ下がった橋桁を内部に設置したケーブルで引き上げる対策を行いましたが、十分な回復が見られず再び沈下が進行しています。

画像:損傷原因と損傷状況

建設当時の状況

画像:建設当時の状況
当時の建設現場

この区間の構造物は海上部の橋梁で、橋脚の数を少なくするために、橋長の長い構造物とする必要がありました。
橋桁の中央付近にヒンジ形式の継ぎ目を使用する工法は、この区間のように橋長が長く、また低い橋脚の構造物に対して構造力学的に合理性が高い設計とされる、建設当時の最新技術でした。
しかし年月の経過に伴い、このヒンジ部で設計時に想定していた値を大きく上回る垂れ下がりが発生しており、抑制対策を講じると共に、大規模更新による構造物の抜本的な改善を必要としています。

【6】3号神戸線 湊川付近  ~1968年(昭和43年)開通~

厳しい条件をクリアすべく小型化を目指した構造物

画像:厳しい条件をクリアすべく小型化を目指した構造物

[主な原因と損傷]
立地条件の厳しい狭い敷地に、橋脚の間隔を長くして設置する必要があり、基礎や上部工を小型・軽量化した結果、床版や桁に亀裂が進行しています。

画像:厳しい条件をクリアすべく小型化を目指した構造物

損傷原因と損傷状況

画像:損傷原因と損傷状況
スカーラップ部に発生した疲労き裂
画像:損傷原因と損傷状況
コーナープレート溶接部分の疲労き裂

鋼床版や鋼桁の各所で疲労き裂が発生しており、これは軽量で変形しやすい構造である事や、増大する大型車交通による繰り返しの負荷に加え、兵庫県南部地震の影響などの複合要因による劣化(複合劣化)であると思われます。

画像:損傷原因と損傷状況

建設当時の状況

画像:建設当時の状況
当時の建設現場
画像:建設当時の状況
震災時の桁のずれ

河川をまたぐため橋脚間の距離が長くなるという厳しい条件に加え、国道相互の交差点の狭いスペースに建てるため、通常より基礎が小さくコンパクトな構造物とする必要がありました。
また阪神淡路大震災の発生時には、橋脚から桁がずれるなど大きな影響を受けました。

画像:建設当時の状況